北海道の続き ~1~

どこまで話したんでしたっけ?
そうそう、ホテルを辞めて民宿にも戻れず、YHのヘルパーをして食いつなごうと思ったところまででしたか。
原チャリでYHまで行って、一泊は普通に泊まって、ミーティングの時にさりげなくヘルパーをしたいと申し出てOKを貰ったんですね。
それから、またYHでの生活が始ったのです。
YHの名はポロリYH。



道東で有名な峠の近く、摩周や阿寒への道筋で、毎年沢山の人が訪れる所。
できてからもう何年もたつそのYHは、古いながらもしっかりした作りで、一部屋に二段ベッドが4組の8人部屋が10部屋あって、道東観光地に向かう人たちはもちろん、学校や会社の研修などにも使われていた。
朝には駅に向かう人たちのために、YHの前にバスがやって来た。
ペアレントはPさん、奥さんはAさんと呼ばれていた。夫妻と3歳の女の子、そして男の赤ちゃんの4人家族。

今年の男ヘルはニシニシ。そして少しあとからやって来た「一平兄さん」。
(一平兄さんだけどうして名前なのかと言うと、この人は本名が一平ではないのだが、同じ名字で、売れないフォークシンガーと似ていると言う事でついた呼び名だった。)
私はその頃はやっていたテレビのドラマの登場人物から、「おねこさま」と呼ばれた。Pさんはさすがに呼びづらかったのか、ねこさんと呼んだ。
Aさんはハキハキした人で、美人だった。赤ちゃんがまだおっぱいを飲んでいて大変だったと思うけれど、いつも元気だった。
3歳の女の子は私にも良くなついてくれて、おねこさまぁ~と呼んでYHの中を走り回った。

Pさん一家はここへ来て2年ほどだった。その前は確か本州の方にいたと聞いた。
もうYH歴が長いので、何でも手馴れていた。殆どの指示はPさんが出し、我々はその指示に従って行動すればよかった。ホギホギとは全く違っていた。

ホステラーは、夕食をハンバーグと唐揚げとトンカツの3種類から選べた。つまり、厨房では毎日この3種類を作っていればよかった。
それも、ハンバーグは肉屋さんの挽肉と玉ねぎが混ざっている物で、つまり、そのまま丸めて焼けばいいというものだったし、唐揚げは鶏肉を切って唐揚げ粉をまぶすだけ、トンカツはさすがに小麦粉卵パン粉の手順が必要だったが、恐ろしく事務的で確立された流れがあった。
野菜は私が刻み、揚げ物は男ヘルがやり、煮物はAさんが作った。それぞれに自分のやるべき事をこなし、つつがなく用意が整っていった。

朝はコーンスープを作った。けれど、ホギホギと違って小麦粉とバターをこねたりはしなかった。ハウスシチューの素を溶いてコーンを入れて作った。とても簡単だった。

ホギホギの時にはあれこれ苦戦しながら食事の用意をし、朝はすごく早く起きて準備をしたのに、ここでは夜はホステラーと一緒の時間に夕食を食べ、朝は6時に起きても十分用意ができた。
それはそれでとてもいいことだった。
ホギホギYHを開所前から一緒に作るという、情熱を持った人たちが色々やってきたことも楽しかったけれど、事務員のように決められた事をテキパキとこなすのも悪くなかった。

朝の片づけが終わると掃除の時間。10時におやつタイム。コーヒーや紅茶などを入れ、外のテーブルで一時の休憩。
昼食はヘルパーとAさんの持ち回りで作った。昼当番の人は11時ごろになると、掃除をやめて、昼の仕度にかかる。12時に昼食。12時45分から、NHKの連ドラを見て、1時に片付けて、後はフリータイム。

ホギホギの時にはなかったフリータイム。
いつもいつもあれこれ動いていた、それでも片付かなかったし、何も出来なかったホギホギYHの時とは違って、のんびり自分の時間が持てた。
Aさんと原チャリで近くの町のデパートへ行った。布を買い求め、服を作った。フェルトのマスコットを作ったり、可愛い小物を作ったりした。

仕入れや献立や部屋割りなど、全ての事から開放され、ただただご飯作りと掃除をすれば後は自由だった。
こうやって普通の生活をするのも悪くない。そう思った。
ならば、もうちょっと普通の人がしているような事もしたい。

わたしはPさんに習い事をしたい旨申し出た。
ポロリYHから30分ほど車で行ったところに道東最大の町がある。
ホテルやデパートなど、エレベーターやエスカレーターのついた高いビルがある町だ。(こういう比較もおかしいが・・・)
そこの文化センターで、着物の着付けと和裁を習う事にした。
和裁は、ミシンがなくてもできる縫い物なので、YHでも出来るかなと思ったのだ。

車が無いとさすがにきつかったので、中古のミニキャブを買って、それで通った。
私は、毎週火曜日午前中出かけたので、男ヘル二人は火曜日は大変だった。けれど、快く送り出してくれた。私は毎回ケーキなどのお土産を欠かさず買って帰った。
それは翌日10時のおやつタイムに皆で食べた。

結構充実していた。後から二人ヘルパーが増えたけれど、やる事は変わらなかった。
毎月アルバイト料が出た。これは意外だった。
ホギホギでは出なかったから。
そうやって日が過ぎた。











ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2007年10月01日 21:56
YHによって、やり方が色々あるんですね。
和裁されていたんですか!?
すごいです!!
着物の着付けもバッチリなんですね!?
私は浴衣さえも怪しいです(^^;
習ったけど忘れてしまいました。
2007年10月02日 08:15
「慣れ」もあって忙しいと感じる事はありませんでした。
和裁は単までですよぉ。さすがにあわせを縫うまではいきませんでした。
着付けもイマイチ。中途半端に終わってしまいました。
2007年10月02日 18:35
ずい分と久々のYH記ですね。

やっぱりそれぞれのペアレントによって違うんだなぁ。
あのホギホギYHというのも個性的だったから
かなりオモシロいとこだったわけですが、
今度はかなり効率的な運営してるYHなんですねぇ。
2007年10月04日 08:09
ズルズルと私の半生記を書いてきていますが、早く終わらせたいと思って、チョット急ぎ足です。

ポロリYHのPさんも奥さんもYHを良く知っている方でした。
久々に落ち着いた生活でした。

この記事へのトラックバック